試練にあうとき
私達がこの人生を生きている上で、物事はいつも必ずしもうまくいくとは限らない。たとえ神を自分の生活の中心においていてもなお、試練が課されることがある。毎日神様の事を第一に考えて、いつでもどこでもお祈りして、私はこれほどに従順なクリスチャンなのに・・なんでだーー?!と思わされる出来事があるかもしれない。だけれど、試練が与えられているときこそがチャンス!もっともっと神様と近くなり、成長する素晴らしい機会が与えられているから。
聖書に、こんな文がある。
James 1:2-4 私の兄弟たち。さまざまな試練にあうときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです。その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります。
風邪をひいていたとき、自分の信仰が試されているなとすごく感じた。今まで何日も長引くなんてことはなくて、次の日か次の次の日には元気になっていた。何日も経ってから熱がでるなんて事なかった。今回は風邪の症状といわれる症状を、全部もらった。
洗礼を受けてから、自分の神様に対する信仰や思いは右肩上がり急上昇続きだった。しかし、それを喜ばない悪魔のアタックが、風邪を通してやってきた。
悩まされる苦しい症状に負けそうになるとき。祈り続けているのになかなかよくならない症状をみて聞こえる悪魔の笑い声。弱音を吐いてしまいそうになったときに思い出す聖書のことば。心がふさぎ込んでしまいそうなときにもらう友達からの祈り。下を向いてしまいそうになるからこそ顔を上に上げてみる。そこにはJesusがいて、私を見守ってくれている。
試練にあったときにこそ聖書の言葉を読むと、強く励まされる。忍耐が必要とされるときにこそJesusのことをみつめ続ける。Jesusは決して私達を見放さないから、見失わずについて行けば絶対正しいところへ導いてくれる。
どんなに気持ちがふさぎ込んでしまいそうになっても、私にはJesusがついていてくれるから、絶対大丈夫。そう信じていました。症状が落ち着くまで時間がかかったけれど、Jesusは私に友達の尊さだとか、忍耐が生じる信仰がどれだけものかということを教えてくれました。また、神様との距離が近くなったような気がします。この経験を通して、また何かおこっても神様についていこう、それは私の信仰がさらに強いものとなる素晴らしい機会なのだから、そう思いました。
妹の事、家族の事、将来の事・・、忍耐が必要とされる場面がたくさんあります。でも、どんな状況でもJesusを信じて信じ続ける。信じ続けて向かった先には神がしっかりいてくださる。どんな時でも、私は、見失わない。
James 1:12 試練に耐えられる人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人には神を愛する者に約束された命の冠を受けるからです。
さっそくいずみちゃんが昨日のコーチングコースの内容をUPしてくれました!とってもわかりやすいです☆☆ CHECK IT OUT!!!
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